続・エビデンスベーストが日本の教育を変える〜中室牧子氏に聞く


 「志」や「しつけ」は重要かもしれない

——海外の教育手法について、米国以外ではどういったところに注目していますか。

「教育の社会実験の結果として得られる最も貴重な情報は、費用対効果です。『学力を上昇させる』ための政策には、先ほど述べたように教科書、給食、補習授業、少人数学校など様々なものがあり、それぞれかかる費用が違っています。効果が大きくても莫大な費用がかかるなら実現可能性は低いわけですから、例えば『費用100ドルあたりの偏差値の増加』といった形で政策の費用対効果を比較する。そして、政策目標を達成するために最も費用対効果の高い方法を採択するのです」

「前回も紹介したPoverty Action Labは、実際にこういった観点に立って社会実験をしており(*1)、その調査結果は示唆に富んでいると思います。彼らが行った実験のうち、開発途上国において子どもの学力を上げるのに最も費用対効果の高かった政策は、マダガスカルの事例で『子どもとその家族に、教育が将来の賃金に与える影響について教える』というものでした」

——もしかすると先進国でも有効な手法かもしれないですね。

「マダガスカルでうまく行ったから日本でもうまくいくとは限りませんが、少人数学級や奨学金といった制度面を整えるよりも、子どものモチベーションや保護者の意識に働きかけるような教育手法が有効であるということは十分あり得ると感じています。先ほどの日本の大学教育の話にしても、そもそも学生が大学に期待していないと言いましたが、大学の究極的な役割は学生の志(こころざし)を高めることなのかもしれません」

「志だけでなく、しつけも一般に思われている以上に重要である可能性があります。最近、経済産業研究所の西村和雄先生の研究グループが、しつけを受けた経験の有無と賃金についての調査結果を発表しました(*2)。『ルールを守る』『他人に親切にする』といった基本的なしつけを受けた人は、そうでない人よりも年収が高いという内容です。賃金に影響を与えるのは学校で習得する知識や能力ではなく、我慢強さやコミュニケーションスキルといった非認知能力であり、しつけがそうした非認知能力の獲得につながっている…という仮説が成り立ちます」

——親の年収と子の学力の問題も、しつけが一因となっている可能性があるのではないでしょうか。

「私自身が今後進めていきたいと考えているのは、まさしく、子どもの意欲、志、しつけなどに働きかければ、それが学力の向上につながるのか、という観点の研究です。階層の高いエビデンスという観点からは、何らかの社会実験をすることが、意欲、志、しつけなどが学力にあたえる因果的な効果を明らかにするうえで適切だろうと思います。例えば放課後教室を、徹底的にしつけをするところと、教科学習だけをするところに分けて結果を分析すれば、どちらが将来的に役に立ったのかを調べることができるかもしれません」

——もしより効果的な方法が分かれば、貧困家庭の子どもたちへの支援のあり方が変わる可能性がありますね。

「子どもを対象にした社会実験については、なかなか実現が難しいです。しかし、経済的に豊かだと言われる日本においても貧困の世代間連鎖は深刻な状態にあり、親が貧困状態にあると、子どもが十分な教育を受けられず、また子どもも貧困に陥っていきます。私は、全国の様々な自治体や学校と共同で調査を行う中で、貧困家庭の子どもの教育や生活の現状を見るたび、この問題を何とかしなければいけない、と強く思うのです。確かに社会実験は倫理面での問題をはらんでいますが、貧困家庭の子どもの教育を良くするために、今私たちが何をすべきかを教えてくれます。そのことをどうか多くの皆さんにご理解いただき、教育について社会全体が大らかになってほしいのです」

(文:荒木勇輝、写真:吉田亮人)


*1:Poverty Action Lab「Student Learning」
URL http://www.povertyactionlab.org/policy-lessons/education/student-learning
*2:「基本的モラルと社会的成功」(西村和雄他、2014)
URL http://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/14020005.html

【プロフィール】
中室氏プロフィール写真
中室牧子(なかむろ・まきこ)
1975年奈良県生まれ。大学時代は慶応大学SFCの環境情報学部で竹中平蔵氏に師事する。98年に日本銀行に入行し、景気分析や国際金融市場分析を担当。2003年に退職して渡米し、世界銀行での勤務を経てコロンビア大学で博士を取得し、日本に帰国して教育経済学の研究者となる。2013年4月から現職。14年4月から東京大学でも客員准教授を務めている。慶応大学・中室牧子研究室のウェブサイトはこちら。http://edueco.sfc.keio.ac.jp/
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