「住職の学校」に見るニッチ教育の可能性〜松本紹圭氏に聞く

インタビュー風景

 「アーリーアダプター」は一巡?

——インドから帰国して住職塾を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

「留学前から住職の学校を作りたいと言っていましたが、その段階では自分だけの想いで、本当に求める人がいるのかはまだ自信がありませんでした。お寺の経営をテーマにしたセミナーを試しに開いてみたところ、予想以上の反応があり、初回から50人ほどの方が参加してくれました。そこまで脈があるなら、事業として成立するかは分からないが思い切ってこれに突っ込んでみようと。お寺との雇用関係や給料がない、いわば独立開業の僧侶になりました」

——実際にサービスを始めてみると初年度からかなり反響がありましたね。

「そうですね。1年目は東京と京都ではどんなに人数が少なくてもやろうと思っていたのですが、色んな方に取材していただいたせいか、締め切り直前になって申し込みのFAXがかなり来たんです。1年目は80人、2年目は130人の受講者が集まってくれました。プログラムを通して参加者の意識が目に見えて変わっていくので、やってみて手応えはすごくありました」

「初回は『お寺の使命』をテーマに、自分のお寺の存在意義を問い直してもらいます。例えばある人は、地域社会において人々の安心を支えるのがお寺の役割なんだと思い至ります。そうすると、日々の法事にどういう意味があって、お寺全体の中でどういう位置づけかを考えるようになり、普段やっていることの質が変わるんです。『マーケティング』をテーマにした回では、受け手の視点を学んでもらいます。お寺の住職は企業の社長以上にワンマンということも少なくありませんが、様々なステイクホルダーの生の声が聞こえてくる360度診断というツールを使うと、自分と周囲の人の考えがどれだけ違っていたのかが理解できるんです」

——経営学というとドラッカーやコトラー(*3)などが有名ですが、誰の考え方をベースにしているのですか。

「特に誰のというのはないです。大事なことは住職の意識とお寺を変えることですから、テーマに応じて色々なものを取り入れています。ドラッカー、コトラー、ポーター、コッターといった海外の著名な学者の思想もあれば、お寺との親和性が高い、知的資本を重視したコンサルティングの要素も入っています」

——受講生はいわゆる「アーリーアダプター」(*4)と呼べるような若いお坊さんが多いのでしょうか。

「若い方も年配の方もいらっしゃいますが、新しいものを積極的に取り入れようという意識を持ったお坊さんが多いですね。1年目と2年目でも、1年目の方がチャレンジ精神のある人が多く、2年目の方が慎重派が多い印象を受けました。3年目の募集を始めましたが、これまでより少し反応が薄いです。こんなプログラムを待っていたという今までの受講生とは問題意識が違いますし、違ったアプローチが必要かなとも思っています。これは私たちが乗り越えないといけない壁ですね」

——卒業生によるコミュニティーづくりはどのようにされていますか。

「住職塾では、1年間のプログラムを通して『寺業計画書』を作ります。1,2年目に受講した皆さんは、それを片手にお寺に戻った状態です。卒業したら終わりではなく、その挑戦を支援するために常にコーチであり続けるような関係が必要だと思いますね。例えば寺報、永代供養墓、会計・税務といった特定のテーマで、さらに学びを深めていくプログラムも始めています。コミュニティーへの愛着やそこに求めるものは人によってかなり違うので、過去の受講者全員を対象にするのではなく、求める人に提供するという感じです」

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*3 いずれも米国を中心に活躍した経営学の大家。ピーター・ドラッカーは組織のマネジメント、フィリップ・コトラーはマーケティング、マイケル・ポーターは競争戦略、ジョン・P・コッターはリーダーシップの研究で知られる。
*4 アーリーアダプター:米国の社会学者エベレット・M・ロジャーズが提唱した「イノベーター理論」において、新しいものをまず試してみるイノベーターほど革新的ではないが、流行に敏感で自ら情報収集し判断する層をこう呼ぶ。一般に新製品やサービスの普及においてはアーリーアダプターの支持が重要とされる。

 



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