世界の教育の潮流「新しい能力」とは〜松下佳代氏に聞く

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「生きる力」(*1)「PISA(ピサ)リテラシー」(*2)「21世紀型スキル」(*3)…。いずれも、教育関係者なら誰もが耳にしたことがあるキーワードだろう。国内、海外を問わず、現在の学校教育は基本的にこれらの能力の育成を重視していると言える。教育方法学を専門にする京都大学高等教育研究開発推進センターの松下佳代教授に、教育目標とされる「能力」をめぐる世界の動向について聞いた。

 注)松下氏によるまとめ(2014)から認知度の高い概念を抜粋

注)松下氏によるまとめ(2014)から認知度の高い概念を抜粋

 「生きる力」が生まれた背景

——生きる力やPISAリテラシーなどの概念を総称して「新しい能力」と呼んでおられますね。

「日本では1990年代半ばに『知・徳・体』のアップデートバージョンとして『生きる力』という概念が登場し、その後に『人間力』や『社会人基礎力』などの能力が教育目標として掲げられるようになりました。これは実は世界的な潮流と言えるものです。例えば、イングランドでは『キー・スキル(key skills)』、フィンランドでは『コンピテンス(competence)』、オーストラリアでは『一般的能力(general capabilities)』などが使われています」

——なぜこうした能力を教育目標とする動きが広がったのでしょうか。

「その背景には、知識イノベーションをめぐるグローバルな競争が激しくなったことや、企業が終身雇用制を維持するのが難しくなったことがあります。社会構造や産業構造の流動化によって一生同じ仕事を続けられる人が少なくなると、専門分野だけで発揮される知識は役に立たなくなる可能性がある。そこで専門的な知識に加えて汎用的な能力が必要だ、というロジックが受け入れられたわけです」

——様々な仕事に就いたり、転職したりすることを想定しているわけですね。

「日本では1999年に日本経営者団体連盟(日経連、2002年に経団連に統合)が『エンプロイヤビリティ(employability、雇用されうる能力)』という言葉を使い始めました。従来は企業内の研修やOJTで社員を育てていたけれど、その企業にずっと勤めないなら企業がすべての費用を負担するのは割に合わないので、自助努力で身につけてくださいということです。この概念はもともと欧米で生み出されたもので、現在言われている就業力や社会人基礎力にも影響を与えています。特に就業力はemployabilityそのものですね」

——これらの言葉は多くの大学で教育目標として掲げられていますね。

「employabilityには、企業が求めるような能力を労働者が持っていないといけないというシビアな意味合いがあります。もともと企業目線から生まれた概念ですが、現在は大学教育の中でもよく使われています。特に欧州では若年層の失業率が非常に高いので、大学でemployabilityを身につけることが重視されています」

——世界的に見ると、新しい能力の中でどの概念が代表的ですか。

「まずPISAリテラシーですね。各国の15歳を対象にしたPISAの調査は2000年に始まり、『読解力』『数学的リテラシー』『科学的リテラシー』について、3年ごとにテストを実施しています。最初はOECDに加盟する約30カ国が参加していたのですが、直近の2012年調査ではOECDの非加盟国も含めて65の国・地域が参加しています。各国で新しい能力に関する概念が広がったのも、1つにはPISAの影響があります」

「そのほか、米国では21世紀型スキルという概念が受け入れられていますし、OECDが『DeSeCo(デセコ)』というプロジェクトの中で提案した『キー・コンピテンシー(Key competencies)』(*4)という概念もあります。これは、PISAをはじめ、OECDのさまざまな国際能力調査の理論的基盤となっているもので、欧州やオセアニアなどの国々の教育政策にも影響を与えています。例えばニュージーランドの教育政策には、キー・コンピテンシーの考え方が直接的に取り入れられています」

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*1: 文部科学省「新学習指導要領・生きる力」
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/
*2: Programme for International Student Assessment の略で、OECD(経済協力開発機構)が実施する国際的な学習到達度調査のこと。同調査で測定する能力を総称して「PISAリテラシー」と呼ぶ。
詳しくは国立教育政策研究所「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」を参照。
http://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/
*3:「The Partnership for 21st Century Skills」
http://www.p21.org/index.php
*4: 文部科学省・中央教育審議会の資料「OECDにおける『キー・コンピテンシー』について」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/016/siryo/06092005/002/001.htm

 



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