変わり者だった僕が社会起業家になった理由〜今井紀明氏に聞く


今井氏トップ写真

行動力とストイックな姿勢。この2つにおいて、若手の社会起業家の中でも今井紀明氏の存在は際立っている。18歳の時にイラクで武装勢力に誘拐され人質になったという特異な経験を持ち、現在はNPO法人D×P(*1)の共同代表を務める今井氏に、社会起業家になった経緯と今後の展望を聞いた。

 躊躇せずに行動する性格だと思う

——2004年にイラクで人質になるという経験をしておられますが、最近はそのことについて自分からは話されていませんね。

「そうですね。バッシングされた経験(*2)がありますから、あまり言わないようにしています。自分にとってはかなり昔の話になりましたが、世間的にはあまりに大きな出来事でしたから。今は自分の名前が表に出るより、NPOの事業のことや、そこでキャリア教育プログラムを受けている通信制高校の生徒のことを知ってほしい。生徒の活動が新聞記事で取り上げられるのが一番嬉しいですね」

——今井さん自身は高校生時代、老人ホームで演奏などをしていたそうですね。もともと社会貢献活動に興味があったんでしょうか。

「深い考えがあったわけではなく、友達に誘われてノリで参加していた感じです。でも、今から振り返ると高校生時代から色々やっていたんだなと思います。部活は吹奏楽部と弁論部に所属していたんですが、個人的にも色々なところにインタビュー取材に行って、論壇系の雑誌などに寄稿していました」

——イラク戦争で米軍などが使用した劣化ウラン弾の危険性を伝える「劣化ウラン通信」という資料も作成していたと聞きました。

「高校生の時に、劣化ウラン弾による被害状況を告発した写真展を見て衝撃を受けたのがきっかけです。10代から60代までの有志が集まって市民団体を作り、劣化ウラン弾の危険性を訴える活動を始めたんです。毎晩、午前3時くらいまで、全国紙と地方紙50社くらいにFAXを送っていました。自分でもたしかに変わり者だったなと思います」

——すごい行動力ですね。高校生の時からそれほどアクティブだった理由を自分ではどのように分析していますか。

「行動力の原点は何ですかと聞かれることは多いですが、正直に言うとよく分からないですね。僕は昔から、やらなければいけないと思ったら躊躇せずに行動する性格なのかもしれません。そういう自分にとっては普通の行動だったんでしょう。もっとも、当時は1つのことを根気よく続けていく感じではなかったです」

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*1 D×P(ディーピー):大阪府や京都府など関西の通信制高校で、単位として認定されるキャリア教育プログラム「クレッシェンド」を手がけるNPO。所在地は大阪市城東区。
ウェブサイトURL http://www.dreampossibility.com

*2 2004年4月に日本人3人が拘束された事件は、武装勢力が自衛隊のイラクからの撤退を求めたことで政治問題に発展し、被害者の解放後も入国の是非をめぐる論争が続いた。過熱報道により被害者の住所が特定され、今井氏のもとにも批判の手紙や電話が殺到した。

 




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