「エビデンスベースト」が日本の教育を変える〜中室牧子氏に聞く

 教育の社会実験ができる研究所を作りたい

——研究者としては、社会実験がしやすい米国で研究する方が楽しいのではないですか。

「開発途上国でもMIT(マサチューセッツ工科大学)の研究者を中心とした『Poverty Action Lab』などが活動しており、教育政策の評価は社会実験が中心になりつつあります。その点、日本は唯一の教育評価後進国ではないかと感じることもあります。なぜ日本の研究がやりたくて帰ってきたかというと、自分が生まれた国なのでなるべく貢献したいという気持ちもありますが、何よりこの国の教育はミステリーだと思うんです。国土もせまく、資源もなく、しかし人的資本が成長を後押しして、これだけ豊かになった。今は悪くなっているように見えますが、そのメカニズムを解き明かせば再興できるんじゃないかという思いがあります」

「実はこれは教育者でもある父の受け売りです。私は奈良県の田舎の出身なのですが、父の口癖が『本は買って読め、家は借りて住め』でした。それだけ教育の効果を重視していたということなのでしょう。奈良の高校から慶応大学に進学すると言った時も、行けばいいよという感じで、特に何か言われた記憶はないです」

——大学時代は後に小泉内閣で活躍する竹中平蔵氏に師事されていますが、どんな印象でしたか。

「私が初めて竹中先生にお会いしたのは、竹中先生がまだ40代の前半でした。経済学の授業がすごく面白くて、終わった後に拍手が起こっていたのが印象に残っています。竹中先生の授業を受けたことがきっかけで、経済学を学び始めました。経済学は社会に貢献する学問だという私の考え方は、まさしく竹中先生から受け継いだものと思っています。卒業後、私が教員としてSFCに戻るまでの間も、さまざまにご指導いただきました。第二の父と思って尊敬しています」

研究室の学生たちと

——現在の中室研究室も学生さんが多くて賑やかそうですね。

「中室研究室では、現在、学校や自治体と協力しながら教育実践の効果測定を行う取り組みを進めています。この取り組みの中で、学生にも戦力になってもらいたいので、彼らを必死で育てています。彼らから進路についての相談を受けるときに、私は決まって海外の大学院、できればアイビーリーグのような名門大学に進学することを強く勧めています。アメリカでは、教育経済学が政策決定にものすごく貢献しています。だから教育経済学という学問分野の発展がある。そのことを肌で感じてほしいからです」

——最後に、今後の目標を聞かせてください。

「先ほど紹介した『Poverty Action Lab』のように教育の社会実験を行い、社会的・経済的評価をする組織を日本に作るのが夢です。今はマンパワーや予算の問題で少ないサンプル数での研究が多いですが、1000くらいのサンプルがあれば確かなことが言えるようになります。エビデンスベーストの教育政策は、この国の教育を良くするためにどうしても必要です。それをなるべく多くの人に理解してもらい、全国に広げていきたいと思っています」

(文:荒木勇輝、写真:吉田亮人)

【プロフィール】
中室氏プロフィール写真
中室牧子(なかむろ・まきこ)
1975年奈良県生まれ。大学時代は慶応大学SFCの環境情報学部で竹中平蔵氏に師事する。98年に日本銀行に入行し、景気分析や国際金融市場分析を担当。2003年に退職して渡米し、世界銀行での勤務を経てコロンビア大学で博士を取得し、日本に帰国して教育経済学の研究者となる。2013年4月から現職。慶応大学・中室牧子研究室のウェブサイトはこちら。http://edueco.sfc.keio.ac.jp/
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