続・エビデンスベーストが日本の教育を変える〜中室牧子氏に聞く

 無料でできる教育改善

偏差値の高い大学では学生の出席率が低い?(東京大学の赤門)

偏差値の高い大学では学生の出席率が低い?(東京大学の赤門)

——日本の大学教育は小学校から高校までの教育と比べて問題が多いとよく言われますね。

「教育社会学者の苅谷剛彦氏の研究では『偏差値が高い大学ほど授業への出席率が低い』という結果が出ています(*1)。つまり入学難易度の高い大学に入った学生ほど、大学の付加価値は『入学すること』にあると考えており、教育の内容には価値を見いだしていないことが分かります。もちろん、大学側の問題ではなく、学生側が大学をうまく利用できていないという可能性もありますが」

「私自身も授業をする中で、大教室では教員と学生とのコミュニケーション自体が難しいと感じています。一方で、日本の大学の優れたシステムとして挙げられるのが、教員と学生が濃密なコミュニケーションをとれる『ゼミ』だと思います。エビデンスベーストの教育が重要と言い続けてきた成果か、最近は私のところでも本当に面白い研究をする学生が出てきました」

——それは中室研究室の院生の方ですか。

「院生ではなく学部生です。例えば私が授業にグループワークを取り入れたところ、『せっかくだからエビデンスに基づいて適性な人数を調べましょう』と言って、グループの人数によるパフォーマンスの違いを測定した学生がいます。グループが3人の時から10人の時まで調査したところ、グループサイズが大きくなるにしたがって議論の習熟度が高まり、10人の時が最も高いという結果が出ました」

——それは授業におけるグループワークで一般的に採用されているグループサイズとは違う気がします。

「私も最初は予想を聞かれて『参加者が自分の意見をしっかり言える時間を確保する方が良いと思うので、4人くらいかなあ』と答えましたが、結果を見て次のように解釈しています。正のピアエフェクト(友人効果)と言って、少なくとも慶応大学のような選抜性の高い大学では、他の学生の多様な意見になるべく多くふれることが、結果的にグループワークでのパフォーマンスを高めるのではないかと考えられます。他の学生の意見が均質なら逆の結果になる可能性もあるので、適切なグループサイズとして一般化できるかはさらに研究する必要があります」

——その他にはどういった研究成果が挙げられますか。

「他の学生の実験では、講義型の授業のテスト前に開かれる自主勉強会で、進め方を2通りに分けました。いずれも60分間で12問を解くのですが、1つのチームは講師役が60分間ずっと説明を続けるのに対して、もう1つのチームでは1問につき1分間だけ学生が自分で考える時間を設定し、説明にかける時間を48分に短縮しました。私はこの時も予想を聞かれたので『時間の使い方を変えると言っても、合計12分では理解度に差はつかないんじゃないか』と言いました。ところがこちらも結果を見てみると、考える時間を設定してグループのほうがかなり理解度が高い。それ以来、私も授業の中で『1分間、考える時間をあげます』と言うようにしています(笑)」

——シンプルな工夫で結果に大きな差がついたのは驚きですね。

「これらは言わば『無料でできる教育改善』ですね。タブレット端末を導入した時の費用対効果などを測定するのも重要ですが、学生たちの実験のように、お金をかけずに実行できるアイディアも様々な可能性を秘めています。授業の最後に内容を要約して書かせることの効果や、教室での席順と成績の関係、といったテーマで研究を進めている学生もいます」

——席順については、もともと意欲の高い学生が前の方に座りそうな気がしますが…。

「もちろん自由に座らせている限りは、席順によって成績に差があってもそれが相関関係か因果関係は分かりません。出席番号順に座らせるなど、実験では何らかの方法によって席順を決めておくことが必要になります。もし同じ人が前に座った場合と後ろに座った場合で成績に差がつくことが分かれば、落ちこぼれそうな子を前に座らせるといった介入も有効であると考えられます」

「以上で紹介した研究はすべて学生が実験的に行ったものですので、プロの研究者が論文にできるようなクオリティではありません。しかし、私が驚いたのは彼らの着想の良さなのです。私は『大学教育改革』というと、グローバル人材育成とかICT化とか、お金も時間もかかることを頭に浮かべてしまいますが、学生たちはそうではなく、少しの工夫で明日の教育を良くするアイデアを提案してくれます。しかも、自分が教育を受けている立場だから、現実的かつ実践可能なんです。私はこの点について、大いにゼミの学生から学ばされ、『教育を受ける側』の人のアイデアをよりしっかりと聞いていこうと思うようになりました」

(次のページは 因果関係と相関関係を見誤らないで


*1:Kariya, T (2012) the State’s Role and Quasi-Market in Higher Education: Japan’s Trilemma, in R Goodman, T Kariya & J Taylor (eds.) Higher Education and the State: Changeing Relationship in Europe and Easit Asia, Symposium Books, p217-234.

 



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